11月5日、木曜日。くもり。
今日は、鳥取市にある「とりぎん文化会館」で
全国自治会連合会鳥取大会がおこなわれ
来賓として参加しました。

全国組織ということで
日本共産党中央委員会幹部会委員長
志位 和夫 様 と中央委員会に案内状がとどき

臨時国会開会中ということもあり
代理として私が参加したところです。

政党では自民党と民主党と共産党だけの出席でしたが
やはり他党も代理による出席でした。

式次第の第一部がおわると
大半の来賓はかえられ
第四部は
会場をうつし
鳥取駅前にあるホテルの宴会場での
「交換会」となりました。
来賓の姿はほとんどなく
場違いだったかなあと
ちょっとどまどいましたが
しかし、せっかくだからと
最後まで予約どおり
出席させていただくことにしました。
しかし、交換会の開会あいさつでは
本日は、ご多忙のところ、つぎの三名の方が
わたしたちの交換会に出席されております。
ご紹介します。 といって
鳥取市長
県の担当局長さんにつづいて
日本共産党鳥取県委員会書記長、岩永尚之様 と紹介してくださいました。
わー、三人かー
と思いましたが
そこは志位和夫委員長の代理です
たちあがって、おじぎをして
にこやかにあいさつしました。
このあと
アトラクションにうつり
鳥取市国府町(こくふちょう)の傘踊り

倉吉市関金町(せきがねちょう)の
さいとりさし

米子市淀江町(よどえちょう)の
さんこ節などが披露され

宴たけなわとなっていきました。

おなじテーブルには
全国各県の自治会長さんとごいっしょしたのですが
となりにいた九州の代表のかたは
いやあー、共産党の方と同席できるとは
光栄です などといわれ
きのう、九州から飛行機で大阪にでて
今朝、鳥取にきたんです。
その大阪で国会中継をみましたよ。
笠井さんっていわれましたかねえ
質問みましたよ。 そこで、「どうでしたか?」とわたしがきくと
いやー、すばらしかった。
感動しました。
あの人はすごい。
何歳ぐらいですかねえ?
おしりあいですか? などときかれました。
それから
べつのとなりにいた方は
四国のかたでしたが
若いころ労働組合運動をされたかたで
もともと総評でやったもので
新政権には心配もあります。
共産党に期待していますよ などといわれました。
向かいには島根県の方が3人おられ
そのうちの一人が
米子は、(共産党が)えらいがんばっておられますねえ。
松江は保守的で
うらやましい といわれました。
それから
私をわざわざたずねてきたという
静岡県の代表のかたは
壇上で紹介されたときから
ごあいさつしようと思っておりました。
30年以上の(共産党)後援会員なんです。
赤旗の配達も選挙も協力しています。 などといわれ
ただただ感謝・感激するばかりでした。

全国自治会連合会
その大会宣言の一番最初には
私たちは、町内会・自治会等の包括的住民自治組織が
地方分権型社会の究極の基盤であることに鑑み
良好な地縁団体の維持及び形成を目指します。 町内会・自治会が「究極の基盤」とありました。
ふと、「日本共産党綱領」をおもいだしました。
重なる部分があるからです。
社会主義・共産主義の社会が
さらに高度な発展をとげ
搾取や抑圧を知らない世代が
多数をしめるようになったとき
原則としていっさいの強制のない
国家権力そのものが不必要になる社会
人間による人間の搾取もなく
抑圧も戦争もない
真に平等で自由な人間関係からなる
共同社会への本格的な展望が開かれる。 ここにある「共同社会」とはどんな社会なのか
そんな社会がつくれるのか
そんな疑問にこたえる記述が
不破哲三元議長の
「新・日本共産党綱領を読む」のなかで
つぎのように書かれてありました。
社会主義・共産主義の社会でも
社会を維持してゆくためには
一定のルールが必要であり
最初の段階では
このルールを維持するために
国家という強制力が必要になります。
国際関係を別とすれば
共同社会が成熟して
強制力をもった国家の後ろだてがなくても
社会的ルールが守られるような社会に発展する
ルールが社会に定着して
みんなの良識でそれが守られる
そういう段階にすすめば
国家はだんだん死滅していくだろう
マルクスがたてたのはこういう
見通しでした。
いったいそんな社会が可能だろうか。
私は、その一つの実例として
日本共産党という“社会”をあげてみたいと思います。
これは、四十万人からなる小さい規模ですが
ともかく一つの“社会”を構成しています。
そして、規約という形で
この“社会”のルールを決めています。
そこには、指導機関とか規律委員会などの組織はありますが
国家にあたるもの
物理的な強制力をもった権力はいっさいありません。
この“社会”でルールが守られているのは、
この“社会”の構成員が
自主的な規律を自覚的な形で
身につけているからです。
ルール違反があれば、処分をうけますが
その処分も自治的なやりかたで
守られているのです。
同じことは、集合住宅の自治会や
地域の自治会などの活動についても
いえるでしょう。
そこで、ルールが守られるというのは
ルールを守ることが
その小社会を維持するために必要だということを
お互いに自覚しあっているからです。
ここでも
自治的なやりかたで社会のルールは維持されます。
国家の死滅ということは
ルールなき社会
無政府的な社会になることではありません。
国の権力による
ルールの維持ではなく
ルールが自治的、自覚的に守られる社会に発展すること、
これが、私たちが将来の目標としている
「国家権力そのものが不必要になる社会」なのです。 ながくなりましたが
自治会連合会の大会宣言にある
町内会・自治会が「究極の基盤」という記述が
みごとにかさなるようで
紹介させていただきました。
そういえば、共産主義の「共産」とは
ラテン語の「コムニス」からきた言葉で
「共同」と同じ意味です。
どこの町にもある「コミュニティセンター」の「コミュニティー」も
これが語源で
「共同センター」「共産センター」と訳しても
まちがいではありません。
そんなことを思いながら
全国自治会連合会のみなさんは
わたしたちとは縁遠い団体・組織などではなく
おなじ目標をめざす
同志であり
「共同」できる仲間だと思いました。
「交換会」にも参加して
あたたかい声もかけられ
いっそうの親近感を深める機会となりました。
- 2009/11/06(金) 06:44:31|
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11月4日、水曜日。快晴。

日本共産党鳥取県委員会事務所の近くの通りにある
プラタナスもすっかり葉をおとし
幹は裸の状態に。

冷たい雨風の日などは
気の毒にみえるほどですが
この日ばかりは
あたたかい陽射しをあびて
気持ちよさそうでした。
そんな日の午後
国会では衆院予算委員会で
新政権のもとで熱い議論がかわされ
日本共産党からは笠井亮(かさい あきら)衆議院議員が
質問にたちました。
沖縄の普天間基地問題
深刻な雇用情勢のもとでの
緊急対策と根本対策をもとめる論戦は
まさに、「建設的野党」の本領発揮で
聞いていて、胸があつくなりました。
とくに、沖縄の基地問題では
フィリピンや

エクアドルの基地撤去の事例もしめして

普天間基地の無条件撤去をと迫る質問は
説得力があり
「正義と道理にたつものは未来に生きる」ことを
つよく実感するものでした。
くわしくは、ふれませんが
こうした問題をかんがえるうえで
よく「想像力」をはたらかせることが大切ということを
心ある識者はさかんに指摘しています。
たとえば、3日付の赤旗にでた
このこともどうでしょう。

「北富士演習場 米軍実弾訓練始まる」
「現地監視団が発射音確認」
日本人の誇りともいわれる富士山に
アメリカ軍が実弾をぶっぱなす。

どういうことか想像すべきです。
身近にひきよせると
大山ではどうでしょう
鳥取砂丘ではどうでしょう
わたしたちが大切に愛しているものに
実弾がうたれる。
外国におきかえてもどうでしょう
スイスのマッターホルンではどうでしょう。

ハワイの象徴、ダイヤモンドヘッドではどうでしょう。

絶対にゆるさないでしょう。
それが、なぜ日本ではゆるされるのか。
アメリカのゲーツ国防長官に恫喝されて
選挙中の主張をひるがえす新政権。
それでいいのか
いまこそ本腰をいれた対米交渉をとせまる笠井さん。
日本の進路にとって正念場ともいえる局面での
歴史にのこるような
すばらしい質問だと思いました。
- 2009/11/05(木) 06:17:55|
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11月2日、月曜日。雨。
この日は、午前中、鳥取市と北栄町(ほくえいちょう)
夜は、鳥取市と湯梨浜町(ゆりはまちょう)へと
県中部まで二度往復することになりました。
朝から不安定な天気で
ラジオの天気予報は
さかんに「荒れ模様」だと伝えていました。

ときおり、はげしい雨になり
ワイパーも「強」にきりかえるほどで

風にあおられ
横殴りにふきつける雨は
まるで洗車機のなかのシャワーのようでした。

そうかとおもうと
雲間に青空がみえ

陽がさすことさえありました。

しかし、一日中こんな天気のくりかえしで
気温もぐっとさがり
車の暖房をいれて
片道約40キロのみちのりを
二度おうふくしたしだいです。
そんな車中で、きいていたのが
「カーネギー・ホール・ライヴ/フジ子・ヘミング2001」というCDです。

古本屋のCDコーナーでみつけて
買った一枚ですが
クラッシック音楽にうとい私でも
どこか心ひきつけられました。
そして、100円コーナーでみつけた
フジコさんの本。

「運命の力」。
この本をよんで
わたしのようなものでも
「ひきつけられた」理由が
なんとなくわかったきがしました。
ロシア系スウェーデン人の画家と
日本人ピアニストの間に生まれ
ながい無国籍からようやく手にした
スウェーデン国籍。
波瀾万丈の人生をおくり
とくに、極貧の生活と
子供のころ右の耳の聴力をうしない
さあ、これからというときに
左の耳もきこえなくなり
失意のどん底に
本のなかで
今まで誰にも言えなかったけど
お金がなくて病院の掃除婦をしていたことがあった。
何棟もある大きな大きな病院で
そこで忙しく立ち働いた。
寝たきりのおばあさんの汚物を
拭いたこともある。
私がピアノを弾くっていうことは誰にも言わなかった。
病院にピアノがあって
ある時こっそりと弾いてみた。
そのピアノの音色に看護婦がびっくりしていた。
精神異常だっていわれていた人が
私のピアノを聴いて
ボロボロと大粒の涙をながしてくれた。
その病院で三か月働いた。
いい経験になったと思っている。
生きることは、なにごとも経験だから。 さらに
ピアニストは、ほとんどがお金持ちの家から出ている。
毎日八時間くらいレッスンしないといけない。
だからよっぽどのお金持ちじゃないと
そんなことはできない。
バイオリンを弾いている人だってそう。
アルバイトをしないと生活できないひとなんて無理。
掃除も家事も誰かほかの人にやらせて
そういう人のピアノが認められている。
そういう人のピアノは二度と聴きたくないようなものばかり。
でも現実はそういう人が世界で一流と呼ばれている人。
ピアニストは綺麗な手をしている人が多い。
手をとても大事にしているから。
私の手はゴツゴツとして奇麗じゃない。
生きるために労働した手だから、綺麗じゃない。
いろんなことをやった。
猫のオムツまで洗濯をしたし。 そんな苦境をのりこえ復活をはたした
フジ子さん。
辛いことがあっても
私は負けなかった
正直にやっていれば
必ず大丈夫だって思っていた。 なんだか、先日の「沈まぬ太陽」の主人公
恩地元(おんちはじめ)のモデルとなった
小倉寛太郎(おぐらひろたろう)さんの
「自然に生きて」とかさなるようです。
そして、人としてどう生きるか。
フジ子さんのことばと演奏に
すがすがしさをかんじました。
そのフジ子さんのCDのなかでも
とくに反響のおおきかった演奏が
「ラ・カンパネラ」。
ぜひ、視聴してみてください。
奇跡のカンパニラ ←クリック 「奇跡のカンパネラ フジ子・ヘミング」
- 2009/11/03(火) 06:51:02|
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