鳥取市での初雪は、昨年と同じ日のようですが、だれもが「さぶい、さぶい」という声がでるほど、身震いする寒い日となりました。
この日は、鳥取市の郊外で街頭宣伝。
寒さ対策にと、宣伝カーにあったスタッフジャンパーを背広の上に着てみたところ、冷たい風がさえぎられ、ずいぶんと効果がありました。

雪ということで、そういえばアルバムに雪を写した写真があるのを思い出しました。
父が写した写真ですが、1977年(昭和52年)と1981年(昭和56年)の冬の写真です。
雪の思い出というとなんといっても昭和38年の“サンパチ”豪雪です。
私の生まれた浜坂町(現在は温泉町と合併して新温泉町)は但馬で、雪がとくに降る地域ですが
この年はまさに“豪雪”で、どの家もほおっておいたら家がつぶれるとつぎからつぎと屋根から雪おろし
その雪が道にうずたかくつもり、見上げるほどとなり、家の二階あたりまでの高さになりました。
当時子どもだったせいもあり、よけいに大雪だった印象が残っています。
アルバムには「昭和38年豪雪以来 150cm」と書いてありました。
そして、「屋根のひさしまで50cmとなる」

「水銀灯もあとわずか」

そして、「吉田たばこ屋付近 雪遊び」とありました。

それから、1980年(昭和55年)から1981年(昭和56年)にかけての冬も大雪だったようです。
同じアングルで写した写真がありました。
あきらかに、昭和52年とくらべると屋根のひさしまでの雪の高さも

水銀灯のあたりに積もった雪の高さも1977年のときより少ないことがわかります。

それでも、この年も屋根の雪下ろしをしたようです。

雪下ろしをしているのは、姿かっこうから見て父のようです。

兄か私でしょうか
「だいじょうぶかー」と声をかけたら
カメラにむかって振り向いて
「えらいわいやー」といっているようでした。






