岩永なおゆき 駆けある記

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日進後援会の「新年のつどい」

 新年があけて、早や一週間がたちました。
 
 駐車場から事務所にむかう途中、ブロックの隙間からゼラニウムでしょうか、顔を出していました。
 「お、『ど根性』だな」とつぶやいてしまいました。

ブロックの隙間からゼラニウムが顔を出していました

 そして、作家・尾崎翠(おざきみどり)のお墓がある「養源寺」の前を通ります。
 
作家、尾崎翠(おざきみどり)のお墓のある「養源寺(ようげんじ)」の前には

 その「養源寺」の門前には
 わずかに雪がてんと残っていました。

わずかに雪が残っていました。

 年末、年始にあれだけザンザンと降りつもった雪も
 すっかり溶けて、ところどころに残るほどになりました。

年末・年始にあれだけ降った雪も、いまは点々とあるだけになりました

 この日は、午前中、鳥取市の日進(にっしん)後援会の「新年のつどい」があり参加しました。
 会場の吉方温泉1丁目町内会館の正面には
 「2009年 謹賀新年」と達筆で書かれた張り紙がはられていました。

吉方温泉1丁目町内会館

 「新年のつどい」の最初に
 みなさんと先日おこなわれた「党旗びらき」での志位和夫委員長のあいさつを
 ビデオで視聴しました。

「党旗びらき」のビデオをみんなでみました

 テレビの横にすわっている白髪のご老人は西川肇(にしかわはじめ)さんです。

 2004年の第24回党大会で、当時80歳ということで
 最年長代議員としてすっかり全国区になった古参党員です。

一番前にすわっているのは西川肇(にしかわはじめ)さん

 神棚には正月らしく「しめ飾り」と小さな「鏡もち」が置いてありました。

神棚には正月かざりと鏡もちがおいてありました。

 「党旗びらき」のビデオが終わると、大きな拍手が。

 そして西川さんは
 「『二つの司令塔の破たん』ですけえ、志位さんは難破船だっていっとったでしょーお」

 「こんどはわしらが船の主人公になる番ですで」と笑いながら言われました。
 思わず、「なるほど、そうだ」
 「難破船の主人公になって、日本政治の舵をきっていくのはわたしたちだ」
 本当にそう思いました。

 「党旗びらき」のビデオ視聴のあと私も新年のあいさつ。
 私もいっしょに写っているところを写真にとってもらおうと
 それも一番若い人にと
 あるご婦人に撮影をお願いしたのですが

 あとでみたらブレまくっていました。

私も一緒のところをと、写真をお願いしたところ、残念ながらブレてしまっていました。

 おまけに、焦点のあった写真は
 構図がいまひとつ。

きちんととれた写真は構図がわるく

 このあと、乾杯をして
 みなさんもちよりの
 おにぎり
 フキの煮付け
 
 ブタ汁に栗きんとんなどをいただきながら
 新年の抱負をみなさんと語り合いました。

 参加者のなかに
 「わたしは北海道の小樽出身です」という60代の女性がおられました。

 「『蟹工船』の話がありましたけど、中学生のとき、『蟹工船』を読め、『蟹工船』を読めという先生がいて、頭がいたくなるほど三年間ずーっといわれてきたものですから、みんなが読むものだと思っていました。」

 「こっちにきて、共産党の話をきいて、あー、あの『蟹工船』の共産党だと思って、それで自然と共産党のみなさんとも親しくさせてもらうようになりました」といわれました。

 最高齢は大正6年生まれの92際の女性。
 耳が遠いようで、一人静かに下をむいて
 もぐもぐもぐとおにぎりを食べておられましたが

 「昔の話だったらDさんだ。Dさん、戦前のことをちょっと話してみて」と
 となりにいた大正8年生まれのSさんが話の水をむけると

 「昔の話かな?」
 「そうですなー」といいながら

 「私の兄は中学生のときから共産党でしてなあ、鳥取の委員長さんなどといっしょになんでも活動をしておったようです」と

 「警察がしょっちゅう家にきて『お前の兄貴はおるか』ってたずねてきたもんです」

 80年も前のことでしょうが
 昨日のことのように鮮明な記憶とともにお話されました。

 そして、いきなり手をたたきはじめ
 「たーてー うえたるものーよ(起て飢えたるものよ)」とうたい始めました。
 
 「インターナショナル」です。
 1922年から日本で歌われはじめたとありました。

 すると、こんどは西川さんもいっしょに
 「さーめーよ わがはらかーら あかつーきーわきぬ(覚めよわが同胞 暁は来ぬ)」と
 手拍子をうちながらうたいはじめました。

 そして、みんなも
 隣同士で顔を見合わせながら
 笑顔で手拍子をうって
 二人の歌にこたえました。

 「大正6年生まれですかー。大正6年というとどんな年でしたかねえ」ときくと
 「なんでえな、ロシア革命の年だが」と西川さんがいわれました。

 「それからコメ騒動もこのころ」と別なかたも。
 
 2004年の党大会で
 「平均年齢75歳の日進支部の支部長(当時)をしております西川肇です」と自己紹介した西川さん。
 たしかに、高齢者の多い日進支部の後援会です。

 そして、どうしても昔話に花が咲くことに。
 しかし、その「昔話」にでてくる日本共産党は
 いまに生きる、光輝く値打ちをもつ党だと思いました。

 他の党ならどうでしょう。
 当時なかった党もあります。

 当時あった政党も
 いまに語れる、胸に誇れることが果たしてあるでしょうか。
 「いやあ、じつは」というのでしょうか。

 志位委員長の「党旗びらき」のあいさつと
 みなさんとの新年の抱負の語り合いと

 過去と現在、未来とが不思議とつながりあって
 「平均年齢75歳」
 あれから4年
 もう少し「上方修正」が必要かもしれませんが

 最後は「がんばろうでー」と
 意気軒昂な日進後援会の「新年のつどい」でありました。
  1. 2009/01/08(木) 06:50:27|
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